パワハラ環境でプログラマーだった話、プログラミングの神様との和解
こんにちは、元プログラマーだったシゲルです。
今はネットワークエンジニアとして仕事をしていますが実は以前にプログラマーとして仕事をしていた事があります。私が勤めていた会社はユーザー系のシステム子会社で、この時は親会社のシステムを開発・運用する部署でプログラマーとして働いていました。 最近ではネットワークの分野についても自動化、コード化、「Infrastructure as code」という概念が勃興してきており、以前よりネットワークエンジニアにとってもプログラミングについて身近に感じる事も増えました。 このことも有り自分が過去にプログラマーとして働いていたころを振り返ることも繋がりました。そしてなぜか過去の経験の中でも一番しんどかった時期が思い浮かんでしまします。今回、この辺について書いていきます。
新入社員配属後、不穏な幕開け
自分が働いていたのはユーザ系のIT子会社で企業内のシステム(会社の人事とか給与計算とか物流とか営業管理とかを扱うシステムね)とかの開発・運用を行う会社です。2ヶ月の新人研修期間を経てとあるシステムの開発する部署に配属となりました。
新人研修の期間にやりとりしていた先輩にこのシステムの開発部署へ配属になった事を告げると反応はこんな感じでした。
私「◯◯(システム名)の開発に関わることになりました」
先輩「◯◯(システム名)、メチャクチャ大変だねー頑張ってねー!!」
私「えっ?? どういうことですか??何かあるんですか?」
先輩「いや何でもないよ、、うん、頑張ってね!」
後々で分かったのですが、どうやらこのシステムは一次開発で負債をたくさん抱えたまま、2次開発を敢行し後からメッキ処理でピッカピカに表面加工したけど、至るところから過去の負債の腐臭が漂っていたのでした。このシステムは陰で「◯◯(システム名)の保守、10年の刑」などと揶揄されるような状態だったようです。
こうして自分にとって一番つらかったパワハラの日々が幕を開けたのでした。
降り注ぐ怒涛、削られるメンタル
部署に配属されてからの自分の仕事内容は既存のシステムのバッチ処理の改修でその部署に2年ぐらい前からいたのが先輩がBさんでした。 しばらくして分かったのですが、先輩BさんはPCに作業中に「アホ◯◯(会社名)♪」、「クソ◯◯(会社名)社員〜♪」、「死ね、クズが」とPCを使いながらディスプレイに向かってひたすら喋る人だったのです。これはエンジニアあるあるなのかもしれませんが先輩Bさんはとにかく弁の立つ人で日々の口頭試問や進捗報告でかなり詰められる事が多かったです。 また先輩Bさんに仕事を頼まれて完了の報告に行くと、「これ自分で何パーセントぐらいの出来だと思う?」と聞かれ「100パーセントです!」と言い切ると今度は細かいアラ探しをしてきて間違いを指摘し「え?何これ??君は100パーセントの出来ですって言ったよね??」と責め立てる訳です。もし私が「80〜90%ぐらいの出来です。」と言おうものなら「えっ、何で100%にして持ってこないの?なめてんの??」と言い返されます。なんと見事なダブルバインド!!
余りに辛いので親友にぶちまける
そんなこんなで自分が追い詰められている事が強く自覚できたので生まれて初めて一番の親友に仕事の相談をしてみる事にしました。友人には夜眠れなくなってきている事と日常生活で何もする気が無くなってきてる事を伝え、これまで職場の状況を説明しました所、何も言わずただ話を聞いてくれました。※この友人には今でも本当に感謝しています。 その友人に相談するまで相当ストレスがたまっていたのか話を聞いてもらえ随分と気持ちが楽になりましたのでもっと早めに話をすれば良かったと思いました。
部署異動は突然に
そんな辛い日が続きますが、ある日事態が急転します。課長のBさんから部署異動を告げられ、自分が元のプログラム開発の部署ではなくインフラ関係の部署に移動する事になりました。
ちょうど旧システムのハードの老朽化に伴いサーバの仮想化の案件が増えてきた所で人手が必要になってきたそうです。(まあ異動した先にAさんという人間クラッシャーと呼ばれた人が居たわけですが、、)
その後、異動後の部署でサーバの仮想化の案件を案件をバンバンこなす事で自分の仕事に関する自信も回復し、この頃になるとプログラムを開発していた部署のときに悩まされていた体の不調もやる気の枯渇も徐々に復活してきました。
このまま、めでたしめでたし末永く幸せにはたらきましたとさ、、、、とは行きませんでして、結局、現在は違う会社に勤めています。
その後の話、プログラムについて
かれこれ10年ほど前の話で今では眠れないなどの症状があるわけではありません。 なんですが部署を移ってインフラ周りのエンジニアになった関係で自然とプログラミングからは縁遠くなり、すっかりプログラムを書くことは無くなりました。またその後、パワハラ環境の有った会社を離れた事などもあって、すっかりネットワークエンジニア、インフラエンジニアとして仕事する事が多くなり仕事としてプログラムを書くということはすっかり無くなってしまいました。
ところがですね、最近ワタクシにプログラミングの神様がささやくわけですよ。
「またプログラミングでもやってっみてもエエんちゃうん??」、「インフラ関係の機器の設計、設定とかもうそろ飽きたやろ??」、「なんならpythonでネットワーク機器の構築自動化とかやってみてもエエんやない??自分、前に気になって調べとったやん??」
もうねー、猛プッシュな訳ですよ。 プログラミングの神様が「そなんなに毛嫌いせんでもええやん、そろそろも仲直りしてもエエんやないか、ユーやっちゃいなよ!!」と迫ってきます。
という訳で10年弱ぶりぐらいにプログラミンを再開する事にしました。
この話はもう少し続きます。